「外国の国旗を傷つけると罪になるのに、日本の国旗(日の丸)はOK」と聞いて、本当なのかな?と疑問に思ったことはありませんか。
最近は「日本国旗損壊罪」を新しく作ろうというニュースも話題になっており、何が問題なのか、わかりにくいと感じている方も多いかもしれません。
この記事では、まず現行法である「外国国章損壊罪」の基本から、なぜ今「日本国旗」が議論の焦点になっているのか、その背景と論点をわかりやすく整理。
賛成・反対両方の意見や、「表現の自由」との関係、海外の状況もあわせて解説していきます。
この記事を読むと、以下の点がわかります。
- 現行法「外国国章損壊罪」の基本的な内容
- 日本国旗の損壊が現在どう扱われるか
- 新法案が議論される理由と賛否両論のポイント
- 国旗損壊をめぐる海外の主な対応
国旗損壊罪とは?わかりやすく基本を解説します

- 現行法にある「外国国章損壊罪」とは?
- 処罰の対象となる「国章」と3つの「行為」
- 罪が成立する条件(侮辱目的)と罰則
- なぜ外国政府の「請求」が必要なのか
- 過去の判例:どんな行為が罪になったか
現行法にある「外国国章損壊罪」とは?
「国旗損壊罪」という言葉を聞いて、日本の国旗(日の丸)を傷つけることを想像するかもしれませんが、実は現在の日本の法律で明確に定められているのは「外国国章損壊罪(がいこくこくしょうそんかいざい)」という犯罪です。
これは、日本の刑法第92条に規定されています。
この法律が作られた目的は、日本と外国との良好な国交関係を守ることにあります。
具体的には、「外国に対して侮辱を加える目的」を持って、その外国の「国旗」や、それに準ずる「国章(こくしょう)」(国の紋章など)を、「損壊・除去・汚損」する行為を処罰の対象としています。
この犯罪は、個人の財産を守るためではなく、国と国との関係という、より大きな利益(国家的法益)を守るために設けられた「国交に関する罪」の一つに分類されます。
もし、この罪に該当すると判断された場合の法定刑は、「2年以下の拘禁刑(こうきんけい)または20万円以下の罰金」と定められています。
「拘禁刑」とは、2025年6月から施行される改正刑法で、これまでの「懲役(ちょうえき)」と「禁錮(きんこ)」を一本化した新しい刑罰です。
この犯罪には、一つ非常に重要な特徴があります。
それは、この罪が「親告罪(しんこくざい)」であるという点です。
親告罪とは、被害を受けた側からの告訴(こくそ)がなければ、検察官が犯人を起訴(公訴提起)できない犯罪のことを指します。
外国国章損壊罪の場合は、被害を受けた外国の政府が、日本政府に対して「処罰を求めてください」という「請求」を行う必要があります。
この「請求」がなければ、たとえ日本国内で外国の国旗が侮辱目的に燃やされるといった事件が発生し、犯人が判明したとしても、日本の司法制度で裁くことはできません。
なぜこのような仕組みになっているかについては、後の見出しで詳しく触れますが、国旗に対する価値観は国や文化によって異なり、非常にデリケートな問題を含むため、被害国である外国政府の意思を最大限尊重するという外交的な配慮が働いています。
このように、現行法で定められているのは、あくまで「外国」の国旗や国章に対する行為を対象としたものであり、日本の国旗(日の丸)の損壊行為は、この法律の直接の対象とはなっていない、という点が重要なポイントです。
処罰の対象となる「国章」と3つの「行為」
外国国章損壊罪は、何を、どうした場合に成立するのでしょうか。
法律(刑法92条)は、処罰の対象となる「モノ」と、処罰の対象となる「行為」を定めています。
客体(対象物):「国旗その他の国章」とは
まず、対象となる「モノ」は、「外国の国旗その他の国章」です。
「国旗」は、その国を象徴する旗のことで、イメージしやすいと思います。
「その他の国章」とは、国旗以外で、その国の権威を象徴するものを指します。
具体的には、国王や大統領の旗である「元首旗(げんしゅき)」、軍隊の旗である「軍旗(ぐんき)」、あるいは大使館や領事館の建物に掲げられている「徽章(きしょう)」(紋章)などがこれにあたると解釈されています。
ここで非常に重要な注意点があります。
過去の事例や学説の一般的な解釈によれば、この法律で保護されるのは、その外国の国家機関(大使館、領事館など)が「公的に掲揚(けいよう)しているもの」に限られる、と考えられています。
例えば、個人がスポーツ応援のグッズとして持っている小さな他国の国旗や、お土産として売られている国旗、あるいはデモ参加者が抗議のために自作した他国の国旗などは、通常この罪の対象には含まれません。
これは、あくまで国家の権威の象徴として公式に使用されているものを保護するというのが、法律の趣旨だと考えられているためです。
また、「外国」とは、日本以外の独立国を指します。
日本が公式に承認していない国や、国交がない国も含まれるというのが通説(多くの専門家が支持する説)です。
ただし、国連(UN)のような国際機関の旗は、「国」ではないため、この法律の対象外となります。
処罰の対象となる3つの「行為」
次に、対象となる「行為」は、「損壊」「除去」「汚損」の3種類が定められています。
- 損壊(そんかい)
これは、国章自体を物理的に破壊したり、傷つけたりする行為です。
判例では「国章自体を破壊又は毀損(きそん)する方法」と説明されています。
具体例としては、国旗を燃やす、ハサミで切り刻む、引き裂く、といった行為が該当します。 - 除去(じょきょ)
これは、国章自体を壊さなくても、その場所から取り去ったり、隠したりする行為です。
判例では「場所的移転、遮蔽(しゃへい)等の方法によって、国章が果たしている威信尊厳の効用を滅失または減少せしめること」と説明されています。
具体例としては、大使館のポールに掲揚されている国旗を降ろして持ち去る行為がこれにあたります。
また、後の判例で詳しく触れますが、国章の前に看板などを立てて覆い隠し、外から見えなくする「遮蔽」行為も、この「除去」に含まれると判断されたことがあります。 - 汚損(おそん)
これは、国章を汚す行為を指します。
判例では「人に嫌汚(けんお)の感を懐(いだ)かしめる物を付着または付置して国章自体に対して嫌汚の感を懐かしめる方法」と説明されています。
具体例としては、国旗にペンキや汚物を投げつける、泥のついた靴で踏みつける、といった行為が該当します。
これらの行為を、「外国を侮辱する目的」を持って行った場合に、この犯罪が成立することになります。
罪が成立する条件(侮辱目的)と罰則
外国国章損壊罪が成立するためには、単に国旗を傷つけたという「行為」だけでは不十分です。
この犯罪が成立するためには、絶対に必要な「心の中の条件」があります。
それは、「外国に対して侮辱を加える目的」を持って、その行為を行うことです。
「目的犯」としての性質
このように、犯罪が成立するために特定の目的を必要とするタイプの犯罪を「目的犯(もくてきはん)」と呼びます。
外国国章損壊罪は、この目的犯の典型例です。
ここでいう「侮辱を加える」とは、その国に対する軽蔑の感情や、否定的な評価を表明しようとする意思のことです。
例えば、大使館の清掃員が、誤って国旗をポールから落としてしまい、泥で汚してしまった(汚損した)としても、そこには侮辱の目的がないため、この犯罪は成立しません。
また、国旗が掲揚されているポールが古くなって倒れそうで危ないと思い、善意で一時的に取り外した(除去した)場合も同様です。
もし、侮辱目的ではなく他人の国旗を傷つけた場合、話は変わってきます。
例えば、単なるいたずらや腹いせで、大使館が所有している国旗を破いた(損壊した)場合、外国国章損壊罪にはあたりませんが、他人の財産を壊したとして「器物損壊罪(きぶつそんかいざい)」に問われる可能性が出てきます。
あるいは、その国旗が非常に高価なもので、盗むつもりで持ち去れば「窃盗罪(せっとうざい)」になることもあり得ます。
あくまで外国国章損壊罪は、「侮辱の目的」があったかどうかが決定的に重要なのです。
罰則と他の犯罪との比較
改めて、この罪の罰則(法定刑)を確認すると、「2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金」です。
ここで、先ほど例に出た「器物損壊罪」の罰則(3年以下の懲役または30万円以下の罰金若しくは科料)と比較してみると、興味深いことに気づきます。
一見すると、外国の尊厳を傷つける外国国章損壊罪の方が、一般的な物を壊す器物損壊罪よりも、刑罰の上限が軽くなっています。
これはなぜでしょうか。
法律家の間では、国旗自体の「財産的価値」、つまりモノとしての値段は、器物損壊罪が対象とする様々な財物(例えば、高価な美術品、自動車、家屋など)の価値と比べると、必ずしも高額とは限らないため、このように設定されていると説明されることがあります。
外国国章損壊罪が守ろうとしているのは、モノとしての価値(財産)というよりも、「国家の名誉」や「国交関係」といった目に見えない抽象的な価値(法益)である、という点に重きが置かれているのです。
もし、侮辱目的で大使館の国旗(他人の所有物)を燃やした場合、外国国章損壊罪と器物損壊罪の両方が成立するのではないか、という疑問も生じます。
このように一つの行為が複数の罪に触れる場合の処理(罪数関係)は専門的な議論になりますが、多くの学説では、守ろうとしている利益(法益)がそれぞれ異なるため、両方の罪が成立し得る(観念的競合)と考えられています。
なぜ外国政府の「請求」が必要なのか
外国国章損壊罪の大きな特徴として、被害を受けた外国政府からの「請求」がなければ起訴できない(親告罪である)、という点を挙げました。
なぜ、日本の法律であるにもかかわらず、外国政府の意向がそこまで重視されるのでしょうか。
これには、主に二つの大きな理由があります。
理由1:文化や価値観の違いへの配慮
一つ目の理由は、国旗や国章に対する価値観、つまり「どのような行為を侮辱と捉えるか」が、国や文化、あるいは宗教によって大きく異なるためです。
例えば、ある国では国旗を地面につけることすら最大の侮辱とされるかもしれませんし、また別の国では、国旗のデザインをアレンジした服を着ることに寛容な文化があるかもしれません。
あるいは、特定の宗教的象徴を含む国旗に対して、特定の行為をすることが、その国では極めて重大な侮辱と受け取られる可能性もあります。
このように、何が「侮辱」にあたるかの基準が世界共通ではない、非常にデリケートな問題です。
そうした問題を、日本国内の感覚や基準だけで「これは侮辱にあたる」と判断し、日本の検察官の裁量だけで起訴に踏み切るのは、必ずしも適切とは言えません。
まずは、被害国である当の外国政府が、その行為を「侮辱」と受け止め、処罰を望んでいるかどうかを確認することが、国際的な礼譲としても重要である、という考え方に基づいています。
理由2:外交的な配慮
二つ目の理由は、純粋に外交的な配慮です。
この犯罪は「国交に関する罪」に分類されている通り、国家間の関係に直結する問題です。
たとえ日本国内で侮辱的な行為があったとしても、その外国政府が、様々な政治的・外交的な理由から、あえて事を荒立てず、処罰を望まない(請求をしない)と判断するケースも考えられます。
例えば、その事件をきっかけに両国関係がぎくしゃくすることを避けたい、と考えるかもしれません。
あるいは、国内事情により、その問題を公にしたくないと考える場合もあるでしょう。
日本の検察官が相手国の意向を無視して起訴してしまうと、かえって両国の友好関係を損ねてしまう恐れすらあります。
そのため、刑事司法の手続きを進めるかどうかは、被害国である外国政府の意思(請求)に委ねるのが最も妥当である、と判断されているのです。
ちなみに、法律用語として「告訴(こくそ)」ではなく「請求(せいきゅう)」という言葉が使われている点にも理由があります。
日本の刑事訴訟法で定められた厳格な「告訴」の手続き(例えば、告訴状という書面の作成・提出など)を外国政府に求めるのは、手続き上の負担が大きく、外交儀礼上も適切ではないと考えられています。
そのため、より緩やかな方式(例えば、外交ルートを通じた意思表示など)であっても処罰を求める意思が確認できればよい、という意味で「請求」という言葉が使われています。
過去の判例:どんな行為が罪になったか
外国国章損壊罪は、実際に適用されて裁判になった例が極めて少ない犯罪です。
その中で、最高裁判所まで争われ、この罪の解釈に重要な影響を与えた判例が、現在までに1件だけ存在します。
それが、1965年(昭和40年)の最高裁判所決定です。
事件の概要
この事件は、1961年(昭和36年)に大阪で発生しました。
当時、台湾独立運動を行っていた2人が、大阪市内にあった中華民国(当時の日本が承認していた中国政府)の駐大阪総領事館邸に侵入しました。
そして、領事館の正面玄関の上部に掲げられていた、中華民国の国章(青天白日のマークが刻まれた横額)の前に、「台湾共和国大阪総領事館」と大きく書いたベニヤ板製の看板を取り付けました。
この看板によって、元々あった中華民国の国章は完全に覆い隠され、外から全く見えない状態になりました。
裁判での争点:「遮蔽」は犯罪行為か
この2人は、住居侵入罪などに加えて、外国国章損壊罪でも起訴されました。
裁判での最大の争点は、この「看板で覆い隠す(=遮蔽する)」という行為が、刑法92条で定められた「損壊・除去・汚損」のどれかにあたるのか、という点でした。
国章そのものを壊したり(損壊)、汚したり(汚損)したわけではないからです。
第一審(大阪地裁)の判断:無罪
第一審の大阪地方裁判所は、外国国章損壊罪については「無罪」を言い渡しました。
地裁は、刑法92条の「損壊」とは、国章を物理的に破壊する行為を指すと解釈しました。
今回の行為は、国章そのものには一切傷をつけておらず、単に看板で覆い隠した(遮蔽した)に過ぎないため、「損壊」にはあたらないと判断したのです。
第二審(大阪高裁)の判断:有罪(逆転)
しかし、検察側が控訴した結果、第二審の大阪高等裁判所で判断は逆転し、「有罪」となりました。
高裁は、まず刑法92条の目的を「外国の威信尊厳を守ることにある」と確認しました。
その上で、「損壊」「除去」「汚損」という3つの行為の定義を、第一審よりも広く解釈し直しました。
特に重要だったのが「除去」の解釈です。
高裁は、「除去」とは、国章をその場所から物理的に移すこと(場所的移転)だけでなく、「遮蔽(しゃへい)等の方法によって、国章が現に所在する場所において果たしている威信尊厳の効用を滅失または減少せしめること」も含む、と判断したのです。
今回の行為は、看板で国章を完全に覆い隠し、しかもその看板は容易に取り外せないように固定されていました。
これにより、国章がその場所で果たしていた「中華民国の威信尊厳を表す効用」を失わせたものであり、刑法92条の「除去」にあたる、と認定しました。
最高裁判所の判断:有罪確定
被告側は、この解釈を不服として最高裁判所に上告しました。
しかし、1965年(昭和40年)、最高裁判所は上告を棄却し、二審の大阪高裁の判断を支持しました。
これにより、「国章を物理的に破壊しなくても、看板などで覆い隠してその象徴としての機能(威信尊厳の効用)を失わせる行為も、『除去』にあたる」という司法判断が確定したのです。
この判例は、外国国章損壊罪の処罰範囲を、物理的な破壊行為だけでなく、象徴的な機能の妨害にまで広げたという点で、非常に重要な意味を持つものとなりました。
日本の国旗損壊罪とは?わかりやすく論点を整理

- 日本の国旗を罰する法律は現在ない?
- 他人の日本国旗を傷つけた場合の処罰は
- なぜ今「日本国旗損壊罪」の新設が議論されるのか
- 法案への賛成意見(国の尊厳を守る)
- 法案への反対意見(表現の自由との関係)
- 海外では国旗の損壊をどう扱っているか
日本の国旗を罰する法律は現在ない?
これまでの説明で、日本の刑法には「外国」の国旗を侮辱目的で傷つける行為を罰する法律(外国国章損壊罪)があることが分かりました。
それでは、私たちの国、日本の国旗(日の丸)についてはどうなのでしょうか。
結論から申し上げますと、現在の日本の法律には、日本の国旗(日の丸)を損壊したり、汚損したりする行為そのものを、直接処罰する規定は存在しません。
外国国章損壊罪(刑法92条)は、条文に「外国」と明記されているため、日本の国旗には適用されません。
そして、刑法をはじめとする日本の法律全体を見ても、「日本国旗損壊罪」といった名前の犯罪は定められていないのです。
これは、日本の刑法が制定された明治時代から一貫しています。
つまり、例えば、自分自身が購入して所有している日の丸を、何らかの抗議の意思を示すために破いたり、侮辱する目的で燃やしたりしたとしても、その行為自体を罰する法律は現在の日本にはない、ということになります。
しかし、過去に日本国旗を法律で保護しようとする動きが全くなかったわけではありません。
2012年(平成24年)に、当時の野党であった自由民主党から、「国旗損壊の罪」を刑法に新設する改正案が国会(衆議院)に提出されたことがありました。
この法案は、「日本国に対して侮辱を加える目的」で日本国旗を損壊・除去・汚損する行為について、外国国章損壊罪とほぼ同様の罰則(2年以下の懲役または20万円以下の罰金)を科そうとする内容でした。
この法案が提出された背景には、外国では自国の国旗への損壊行為を罰する国が多い中で、なぜ日本では自国の国旗が守られていないのか、という問題意識があったとされています。
ただし、この時の法案は、国会での会期中に審議が尽くされず、結局は審議未了のまま廃案となりました。
このように、過去に立法が試みられたことはありますが、成立には至っておらず、結果として現在も日本国旗の損壊自体を罰する法律は存在しない、というのが現状です。
なぜ自国の国旗を処罰の対象から外してきたのか、その明確な理由は様々ですが、一つには、自国の国旗に対する行為は、他国との「国交」の問題とは異なり、純粋に国内の「表現の自由」や「思想・良心の自由」といった憲法上の権利と深く関わるため、処罰することに慎重な議論があったためではないか、と推測されています。
他人の日本国旗を傷つけた場合の処罰は
日本の国旗(日の丸)を損壊する行為そのものを罰する法律は、現在はないと説明しました。
では、「法律がないのだから、日本国旗に対して何をしてもいいのか」というと、決してそういうわけではありません。
もし、損壊した日本国旗が、「自分のものではなく、他人の所有物」であった場合、話は全く別です。
この場合は、「器物損壊等罪(きぶつそんかいとうざい)」という別の犯罪で処罰される可能性があります。
器物損壊等罪は、刑法第261条に定められており、「他人の物を損壊し、又は傷害した者」を処罰する規定です。
ここでいう「他人の物」には、当然、国旗も含まれます。
国旗もまた、布やポールなどで構成された「物」であり、必ず誰か(例えば、国、地方自治体、学校、会社、あるいは個人)の所有物だからです。
この犯罪の法定刑は、「3年以下の懲役または30万円以下の罰金若しくは科料」と定められています。
例えば、学校の校庭に掲揚されている国旗(これは学校の所有物です)を、何者かが勝手に引きずり下ろし、ズタズタに引き裂いたとします。
この行為は、外国国章損壊罪のような「侮辱目的」があったかどうかは問われません。
単に「わざと(故意に)」他人の物を壊したという事実があれば、器物損壊罪が成立し得ます。
同様に、市役所の庁舎に掲げられている国旗(市の所有物)を、抗議活動の一環として燃やしてしまった場合も、政治的な抗議の目的があったとしても、他人の所有物を損壊したという点で、器物損壊罪に問われることになります。
ただし、この器物損壊罪も「親告罪」です。
つまり、被害者である国旗の所有者(先の例でいえば、学校長や市長など)が警察や検察に対して「犯人を処罰してください」という「告訴」をしなければ、起訴することはできません。
ここで、外国国章損壊罪と器物損壊罪の主な違いを、表で比較してみましょう。
| 外国国章損壊罪(刑法92条) | 器物損壊等罪(刑法261条) | |
|---|---|---|
| 対象 | 外国の国旗・国章(公的なもの) | 他人の物(日本国旗を含む) |
| 必要な目的 | 侮辱を加える目的 | 故意(わざと)であれば目的は問わない |
| 法定刑 | 2年以下の拘禁刑 または20万円以下の罰金 | 3年以下の懲役 または30万円以下の罰金等 |
| 起訴の条件 | 外国政府の「請求」 | 所有者などの「告訴」 |
このように、日本国旗であっても、それが他人の所有物である限り、器物損壊罪によって処罰される道は残されています。
むしろ、法定刑の上限だけを見れば、器物損壊罪の方が外国国章損壊罪よりも重く設定されています。
さらに、国旗を損壊する際の状況によっては、器物損壊罪以外の犯罪に問われる可能性もあります。
例えば、国旗を燃やした火が、近くの建物や車に燃え移り、公共の危険を生じさせた場合は、「建造物等以外放火罪」や「失火罪」などが適用されることが考えられます。
また、集団で庁舎などに押し入り、国旗を引きずり下ろすなどの乱暴な行為をすれば、業務を妨害したとして「威力業務妨害罪」などに問われることもあるでしょう。
日本国旗の損壊自体を罰する法律はなくても、その行為の態様次第では、現行法で十分に対応可能である、という見方もできるのです。
なぜ今「日本国旗損壊罪」の新設が議論されるのか
2012年に一度廃案になった「日本国旗損壊罪」を新設しようという議論が、なぜ今、再び活発になっているのでしょうか。
その背景には、近年の社会状況の変化や、具体的な出来事が影響しているようです。
結論から言えば、日本国旗に対する侮辱的と受け取られるような行為が人々の目に触れる機会が増え、それに対して「国の象徴であり尊厳である国旗を、法律で守るべきだ」という意見が、一部の国会議員などを中心に強まってきたためです。
報道によれば、最近の動きとして、参政党が「日本国国章棄損罪」を盛り込んだ刑法の改正案を参議院に提出したことが挙げられます。
同党の梅村みずほ参議院議員は、法案提出の背景として、夏の参議院選挙の際に、自分たちの街頭演説の場で、日の丸に大きくバツ印をつけた旗を振るなどの妨害行為が続いたことを挙げています。
そして、そうした行為を見て「涙を流して悔しがっていらっしゃる、悲しんでらっしゃる」国民の姿を目の当たりにし、「もう法律で制定しなくてはいけない時代になってしまった」と説明しています。
このように、国旗が軽んじられている(と受け止められる)具体的な事案が、法整備の必要性を訴える直接的な動機となっている様子がうかがえます。
この動きは、一つの政党にとどまっていません。
自民党と日本維新の会も、連立合意文書の中で「日本国国章棄損罪」の制定を来年の通常国会で目指す、と明記していると報じられています。
複数の政党が法制化に向けて具体的な動きを見せ始めたことが、議論が再燃している大きな理由です。
議論の根本にあるのは、「なぜ外国の国旗は法律で守られているのに、自国(日本)の国旗は守られていないのか」という、法的なバランスの欠如に対する問題意識です。
前述の通り、他人の国旗であれば「器物損壊罪」で処罰できる可能性はあります。
しかし、この議論の焦点は、そこではありません。
問題となっているのは、例えば「自分自身が購入した(=自己所有の)日の丸」に、日本国を侮辱する目的でバツ印をつけたり、それを燃やしたりする様子を撮影し、インターネットで公開する、といった行為です。
このような「自己所有物」に対する「侮辱目的」の行為は、現在の器物損壊罪では処罰することができません。
賛成派は、こうした行為も「国の尊厳を傷つける行為」として、新たに犯罪とすべきだと主張しているのです。
一方で、これには「思想統制につながる」といった強い反対意見もあり、国の象徴の保護と、憲法が保障する「表現の自由」をどう両立させるか、という非常に難しい問題が、改めて問われています。
法案への賛成意見(国の尊厳を守る)
日本国旗の損壊行為を新たに処罰する法律(日本国旗損壊罪)の制定に賛成する人々は、どのような理由を挙げているのでしょうか。
その主張の根底にあるのは、国旗を単なる「モノ」としてではなく、「国家の象徴」として捉える強い意識です。
国の象徴としての尊厳
賛成論の最も大きな根拠は、国旗は国の権威や尊厳、そして国民の統一性を象徴する、特別な存在であるという考え方です。
国旗に対して敬意を払うことは、その国自身に対して敬意を払うこととほぼ同義であり、国旗を公然と損壊したり、汚したりする行為は、国そのものの尊厳を著しく傷つける侮辱行為である、と捉えられています。
したがって、そのような行為は法律によって禁止されるべきだ、というのが賛成派の基本的な立場です。
国民感情の保護
また、参政党の梅村議員が指摘するように、国旗が侮辱される様子を見て、深く傷つき、悲しむ国民がいるという点も、賛成論の重要な柱となっています。
国旗に対して誇りや愛着(愛国心)を持つ人々の感情は、法的に保護されるべき利益(法益)であり、国旗損壊行為は、そうした人々の感情を踏みにじる行為である、という主張です。
外国国旗との法的な均衡
さらに、「外国の国旗を損壊すれば外国国章損壊罪で罰せられるのに、自国の国旗が罰せられないのは法的にアンバランスだ」という指摘も、賛成派が多用する論拠の一つです。
国際社会において、他国の尊厳を守るために法律を整備しているのであれば、当然、自国の尊厳も同様に法律で守るべきだ、という論理です。
政治的批判との切り分け
弁護士の山尾志桜里氏の意見は、この賛成論の立場をより具体的に示しています。
山尾氏は、「政府はいくらでも批判していい」「総理の似顔絵にバツを書いて、政治的主張をすることもいい」と、政府や政治家個人に対する「表現の自由」は最大限認めるべきだとしています。
しかし、それと「国旗」は別問題だと指摘します。
「少なくとも日本国の一員という、『国旗に対してはそういうことはやめようよ』っていうのは、一理ある」と述べ、政治的批判の対象はあくまで「政府」や「政策」であるべきで、国全体、あるいは国民全体を象徴する「国旗」を、批判の手段として毀損すべきではない、という考え方を示しています。
これは、国旗損壊罪が政治的表現を弾圧するものではなく、あくまで国の象徴に対する敬意を保つための規範(ルール)なのだ、という主張を補強するものです。
ただし山尾氏は、単に「傷つく人がいるから」という感情論だけで刑罰を科すことには慎重であり、守るべき法益が「国単位で、一定の敬意を払いながら、国際社会を回していく規範」のような、より公的なものである必要がある、とも釘を刺しています。
賛成派の意見を総じて言えば、「表現の自由」にも一定の限界があり、国家の象徴たる国旗の尊厳を守ることは、その限界の内側にある、という立場だと言えるでしょう。
法案への反対意見(表現の自由との関係)
一方で、日本国旗損壊罪の新設には、強い反対意見も数多く存在します。
反対する人々が最も懸念しているのは、このような法律が、憲法で保障された国民の最も重要な権利の一つである「表現の自由」を不当に侵害し、危険な「思想統制」への道を開くのではないか、という点です。
憲法上の「表現の自由」
反対論の最大の根拠は、日本国憲法第21条が保障する「表現の自由」です。
国旗を燃やしたり、破いたり、あるいはバツ印をつけたりする行為は、多くの人にとって不快なものであるかもしれませんが、それ自体が政府や国家のあり方に対する強い抗議や不満を表明する「象徴的な表現行為」の一形態である、と捉えることができます。
特に、政治的なメッセージを伴う場合、それは憲法が保障しようとしている中核的な「政治的表現」そのものに他なりません。
このような表現行為を、国が刑罰という最も強力な手段を用いて禁止することは、表現の自由に対する重大な制約であり、違憲の疑いが極めて強い、というのが反対派の核心的な主張です。
思想統制への懸念
弁護士の南和行氏は、「自分が持ってる旗にバツをつけて、YouTubeで流したら」「思想統制じゃないのか」と、素朴かつ本質的な疑問を投げかけています。
国旗への敬意を法律で強制することは、裏を返せば「国を愛さなければならない」「国旗を敬わなければならない」という特定の思想や価値観を、国民に強制することにつながります。
「国旗を侮辱してはならない」という法律は、やがて「国を批判してはならない」という空気感を生み出し、政府や国家に対する自由な批判を萎縮させる「負の効果(萎縮効果)」をもたらしかねません。
X(旧Twitter)での「キリシタン禁止の踏み絵と同じ」という意見は、まさにこのような「思想の強制」に対する強い拒否感を象徴しています。
「侮辱」の基準のあいまいさ
また、仮に法律ができたとして、「何をもって侮辱とするのか」という基準が、非常にあいまいで主観的にならざるを得ない、という技術的な問題も指摘されています。
壁画アーティストの赤澤岳人氏は、自身の経験から「侮辱だという基準を誰が内心のところに踏み込んで言えるのかは、非常に難しい」と述べています。
例えば、アーティストが国旗をモチーフにした風刺的な作品を発表した場合、それは「アート表現」でしょうか、それとも「侮辱」でしょうか。
この線引きは極めて困難であり、その判断を警察や検察、裁判所といった国家権力に委ねることは、権力側にとって都合の悪い表現だけを「侮辱」として弾圧する口実を与えてしまう危険性(恣意的な運用の危険)があります。
前述の通り、他人の国旗を壊せば「器物損壊罪」、業務を妨害すれば「威力業務妨害罪」など、現行法でも対処できる道は残されています。
あえて「自己所有物」に対する「侮辱目的」の行為まで罰しようとすることは、得られる利益(国の尊厳の保護)よりも、失う利益(表現の自由)の方がはるかに大きいのではないか、というのが反対派の強い懸念です。
海外では国旗の損壊をどう扱っているか
日本で「国旗損壊罪」の新設が議論される中、海外の国々では、この問題をどのように扱っているのでしょうか。
実は、世界各国の対応は一つではなく、国や地域の歴史、文化、法体系によって大きく分かれています。
処罰する規定がある国々
まず、自国の国旗や外国の国旗の損壊・侮辱行為を、犯罪として法律で明確に禁止し、処罰する国は数多く存在します。
ヨーロッパでは、例えばドイツ、フランス、イタリア、スイス、オーストリア、デンマーク、ギリシャなど多くの国に、国旗や国の象徴を侮辱する行為を罰する規定があります。
これらの国々では、国旗は国家の統一性や尊厳の象徴として法的に保護されるべき対象と見なされています。
ドイツのように、ナチス時代への反省から、民主的な国家秩序を揺るがす象徴的な行為に対して敏感である、といった歴史的背景が影響している場合もあります。
また、アジアでも、中国、韓国、台湾、ベトナム、タイ、インドネシアなど、多くの国が同様の処罰規定を持っています。
処罰の理由は、国の名誉や尊厳を守るため、公共の秩序を維持するため、あるいは外国との友好関係を維持するため(外国国旗の場合)など、様々です。
日本で法案に賛成する人々は、こうした国々を例に挙げ、「他国もやっているのだから、日本も自国の尊厳を守る法律を持つべきだ」と主張することがあります。
処罰しない、あるいは表現の自由として保護する国
一方で、国旗の損壊を犯罪として処罰しない、あるいは憲法上の権利として保護している国もあります。
その最も代表的な例が、アメリカ合衆国です。
アメリカでは、かつては国旗の損壊を処罰する州法などが存在しましたが、1989年に連邦最高裁判所が下した「テキサス対ジョンソン事件」という判決が、決定的な転機となりました。
この裁判で最高裁は、「国旗を焼く行為」は、政府に対する抗議の意思を示す政治的なメッセージであり、憲法修正第1条によって保障された「言論の自由(表現の自由)」の一形態である、との判断を示しました。
つまり、国民が国旗を焼く行為にたとえ不快感を抱いたとしても、その不快感を理由に、政府が特定の政治的表現を禁止することは許されない、としたのです。
この判決により、アメリカでは国旗の損壊行為そのものを罰することは、原則として違憲であるという法理が確立しています。
もちろん、他人の国旗を盗んだり、壊したりすれば別の犯罪(窃盗罪や器物損壊罪)に問われますが、あくまで「国旗を侮辱したから」という理由だけでは処罰されないのです。
日本で法案に反対する人々は、このアメリカの例を挙げ、「民主主義の先進国であるアメリカでさえ、国旗損壊は表現の自由として認められている」と主張することがあります。
このように、海外の対応は「処罰する国」と「保護する国」に大きく分かれており、どちらが世界の標準(グローバルスタンダード)であると一概に言うことはできません。
この問題は、その国が「国家の尊厳」と「個人の表現の自由」のどちらにより重きを置くか、という根本的な価値観の違いを反映していると言えるでしょう。
国旗損壊罪とは何か、わかりやすく総まとめ
「国旗損壊罪」について、これまでの内容をわかりやすく整理します。
この問題を理解する上で大切なポイントを、以下にまとめました。
- 現在、日本の法律(刑法92条)で明確に定められているのは「外国国章損壊罪」です。
- これは、外国の国旗や国の紋章(国章)を保護し、外国との良好な関係を守ることを目的としています。
- 日本の国旗(日の丸)の損壊行為そのものを直接罰する専用の法律は、今のところありません。
- 外国国章損壊罪が成立するためには、「相手国を侮辱する目的」が必ず必要になります。
- 処罰の対象となる行為は「損壊(壊す)」「除去(取り去る・隠す)」「汚損(汚す)」の3種類です。
- 罰則は、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金と定められています。
- この罪は「親告罪」であり、被害を受けた外国政府からの「請求」がなければ、検察官は起訴できません。
- 請求が必要なのは、国旗への価値観が国によって異なることや、外交的な配慮が必要なためです。
- 対象となる国旗は、大使館などが「公的に掲揚しているもの」に限られると解釈されています。
- 過去の判例では、国章を看板で覆い隠す「遮蔽(しゃへい)」行為も、「除去」にあたると判断されました。
- もし日本国旗であっても、それが「他人の所有物」であれば、「器物損壊罪」で罰せられる可能性があります。
- しかし、「自分自身が所有する日本国旗」を侮辱する目的で損壊しても、現在の法律では処罰対象外です。
- まさにこの「自己所有の日本国旗の損壊」も罰するべきだ、という理由から「日本国旗損壊罪」の新設が国会で活発に議論されています。
- 賛成派は「国の尊厳を守るべきだ」「外国国旗と不均衡だ」と主張しています。
- 反対派は「表現の自由を侵害する」「思想統制につながる恐れがある」と強く懸念しています。
- 海外に目を向けると、国旗損壊を処罰する国(ドイツ、フランスなど)と、表現の自由として保護する国(アメリカなど)があり、対応が分かれています。
このように、「国旗損壊罪」と一口に言っても、現行法の話(外国国旗が対象)と、新しい法案の話(日本国旗を対象とするか)が混在しているのが、議論の現状です。
参考サイト
