江戸時代の文芸を語るうえで欠かせない存在、大田南畝(おおたなんぽ)。「四方赤良(よものあから)」の狂名を使い、庶民の笑いや風刺を詠んだ狂歌師として知られています。また、葛飾北斎や役者たちとも交流を持ったマルチな文化人でもありました。 けれども、それはあくまで“裏の顔”。「大田南畝 表の顔」と検索したあなたが本当に知りたいのは、文人としてではなく、武士として、そして幕府の官僚として彼がどのような人生を送っていたのかではないでしょうか。 狂歌を封印し、「支配勘定」という財政の重職に就いた南畝は、実務官僚として ...